「ねばならない」に囚われてはいないか?

壁にもたれて考える男性

「ねばならない」に囚われてはいないか?

最近僕が自分自身に問いかける質問です。

「間に合わせなければならない」

「資料を作らなければならない」

「我慢しなければならない」

「それは言わないようにしなければならない」

挙げればきりがないですね。

「ねばならない」が先行していると、自分自身の命を見失いがちになりませんか?

それって本当に「なばならない」んでしょうか?

大切なことは、「したい!」です。WANTです。

これが核にあると、とても強いです。

その次に、「できる!」。CANです。

そして最後に、「ねばならない」。MUSTです。

WANT、CANそして最後にMUSTが来れば命に従っているんじゃないでしょうか。

例えばこの方な感じです。

WANT:「イタリアで、本場のパスタが食べたい!」

CAN:「飛行機で行ける」「お金は準備できる」「カメラもある」「パスポートもある」・・・

MUST:「時間を確保しなければならない」「イタリア語を学ばなければならない」「イタリアの地理を学習しなければならない」・・・

ここのMUSTで出た行動は、誰からも指図されずに自分から発信された行動です。

WANTから湧き出たMUSTは、イキイキしてワクワクした行動になります。

もしかしたら、毎日続けているブログもウォーキングも「ねばならない」に囚われていないかどうかを見定めたいところです。

毎日少しずつでも、「I want・・・、 I want・・・」と問いかけて、自分の命に従う人生にしていきます。

ABOUTこの記事をかいた人

山形 竜也

OKness代表
"ムーンウォークからムービングウォーク(動く歩道)へのライフシフト"
元うつ病の心理セラピスト。
通信系営業会社の倒産→収入ゼロ→テント清掃で日銭暮らし→ウェブ解析士→親の介護→うつ病→治癒→心理セラピスト& マインドマップインストラクター 。
現在はオンラインで個別セッションや講座、研修講師として活動中。>詳しいプロフィールはこちら